日本代表と、代表監督に対する思い(その2)

このエントリは、「日本代表と、代表監督に対する思い」の続きです。

代表に対して気持ちが入らなくなった大きな要因として自分なりに思い至ったのは、そのサイクルにあるんじゃないか、ということ。

↓ここから続き

僕はJ発足と似たようなタイミングでサッカーに対して強く興味を抱き始めたのだけれど、当然その頃は今よりも知識も少なくて、世界のサッカーについてだってほとんど何も知らなかった。Jが開幕した1993年といえば、WOWOWがセリエAの中継を開始したり、ワールドサッカーグラフィックという雑誌が創刊され月刊レベルで世界のサッカー情報を入手出来るようになって、Jリーグが地上波で毎週中継されていたことも相まって、急激にサッカーの様々な情報が身近になった黎明期だと言える。

当時埼玉の所沢に住んでいた僕は、地元意識から自然と浦和レッズに対して愛着を抱くようになった。ただ、サッカーという競技自体に対する知識や経験の蓄積は皆無に近く、ただ単純に、浦和レッズを応援しなくてはならないという、どこか偏った感覚だった気がする。それでも、自分も大学に入ってから草サッカーを始めたり、渋谷のカンピオーネに通い詰めてビデオやグッズを買い漁ったりしながら、徐々にサッカーに対する意識が高くなっていくのを明確に意識していた。

ドーハの悲劇が起きたのは、そんな矢先の事だった。知識も経験も無い僕は、アメリカワールドカップのアジア最終予選で日本が韓国を倒した時、ヒーローインタビューでカズが泣いているのを目の当たりにして同様に目に涙を浮かべていて、なんでその事に対してラモスが怒っているのか理解できなかった。結局、ラモスの言葉は現実となり、日本は悲願のワールドカップ出場を手に入れかけていたのに、目の前で手放すことになってしまった。しかしこのときの代表チームは、本当におらがチームと思えるほどの思い入れがあった。今でもドーハ組に関しては、背番号1から22番まで空で言えるほどに。自分の中で、代表チームはかけがえのない存在であり、浦和の選手であろうと無かろうと、代表のユニフォームに袖を通した選手たちは無条件に応援できていた。

その感覚は、フランスワールドカップ予選の頃まで大きな変化は無かったけれど、それでも少しずつ何かが変わっていたのだと、今思えばそう考えられる。浦和の試合に足を運ぶ回数は増え、初年度の強烈な弱さはギドとバインの加入、オジェックの戦術的な整備で随分と薄まり、95年には優勝争いに加われるほどの力を持つようになっていた。バインと福田の鋭利なカウンターアタックは胸の空くような感動を見ている側に与え、何より浦和はスタジアムの雰囲気が最高だったから、浦和に対する思いは日ごとにどんどんと強まっていった。そして浦和への思いが強まるほどに、相手チームへの敵意も比例して大きくなっていく。

当たり前のことだけれど、自分の応援しているチームがあればその対戦相手があり、対戦相手の中心選手へは、いつも強い敵意を剥き出しにしてブーイングし、何とか活躍させないようとするのがサポーターの純粋な立ち位置だ。得点を奪う回数が多かったり、狡猾なプレーをする選手ほど、こちらがわとすればより嫌な選手だ。そういう相手選手は、対戦を重ねるごとにどんどん嫌いになっていく訳で、スタジアムでは汚い言葉(放送禁止用語だって構わずに使う!)で罵倒するのが常であって、そしてそういう対象になる中心選手ほど、日本代表に名を連ねることが多くなるのは必然。

浦和との時間が長くなるにつれ、代表に対しての思い入れが薄まっていくのは、半ば当然のことだったのかも知れない。サッカーでは多くの場合、同じチームとリーグ戦で対戦するのは年に2回で、カップ戦を含めても最大で4試合くらいが関の山だ。だから、一つの試合で嫌な思いをさせられると、その思いは半年も自分の心の中でくすぶり続けることもある。僕の場合、違うチームに勝ったところで、そうした思いは解消されないことが多くて、自分の中での嫌いな選手ランキングを作ったりすると、それは同時期の代表チームの面々と近似値になることが非常に多くなっていった。

頭では「代表は別物だ」と理解しているつもりなのだけれど、日常で溜め込む気持ちの部分からはどうやっても逃げることが出来ない。口にするだけでも反吐が出そうな程嫌いな選手というのが常に何人か居て、そいつらだけは、青いユニフォームを身にまとって日本を代表して戦っていたとしても、どうしても応援できない。そんな風に、僕の心は変わっていった。2002年のベルギー戦で伸二のパスに反応してシュートを決めたフォワードが居たけど、あいつを応援できたのはその時が最後だ。

いつも馬鹿にしたり嫌悪感を抱いたりしている選手を、代表のユニを着たからといって急に手のひらを返して応援するのはやっぱり凄く難しい。浦和との時間が長くなればなるほど、嫌いな選手の数は増えていくし、そうした選手が集まる代表を応援するという気持ちは、やはりどんどんと薄まっていく。今のところ、僕のサイクルはその中途にある。他の国の人たちがどんな精神性で代表チームと相対しているのかわからないけれど、Jの誕生と共にサッカーを知ったに過ぎない僕にとっては、達観して代表を見るというスタンスには到底たどり着けそうにない。だからオシムの就任直後、浦和の選手が大量に呼ばれた時だけはいきなり代表の試合を何度も見に行ったりしたし、そういう精神的なブレを何度も繰り返していけば、将来的にもっと大人の対応が出来るようになるのかも知れないけれど。

いちサッカーファンが、代表に対する思いを語るのに何の意味も無いけれど、自分なりに考えた結論はこんな陳腐なものだったけれど、自分のためにも一応書き残しておこうと思った。日本サッカーは、今日見た試合の通りまだまだ全然力が無いし、代表監督を責めることはとても簡単だけれども、政治と同じで、それが日本サッカーの地力を表しているということをきちんと認めたいとも。

  • posted at: 2010/02/15/Mon 02:12:41 +0900
  • category:雑記
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