日本とスペインの、決定的な差
JFAのビルで友人とその知人のスペイン人と待ち合わせして、そのスペイン人の言う“綺麗な店員”が居るというイタリアンレストランを目指し、本郷三丁目の方角へてくてく歩く。地下にあるその店で僕らを迎えてくれた店員の彼女はオリエンタルな雰囲気の確かな美人で、スペイン語でまくし立てられても全く動じず完璧な笑顔をたたえて「わー、ご無沙汰です」なんてやるから、これがプロとしてのあり方なのかそれとも彼女の持つ女性的な強さの表れなのかが判らなかったけれど、ともかく今日の目的は書籍企画の打ち合わせだからなるべく僕はそれが気にならないように、一番奥のテーブルに背を向けて座った。
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去年編集作業をした書籍の縁でスペイン語と日本語を見事に操る気さくな日本人の若者と知り合い、通訳をしている彼の紹介で、この日はまた別のスペイン人と会うことになった。ジョアンもそうだったけれど、彼らはフットボールのことになると信じられないくらい熱く、真面目な語り口(とはいっても僕はスペイン語を全く理解しないから通訳された言葉がそうだということだけれども)で熱心に話をしてくれるから、その時は本当に真面目な奴らだなと思うのだけれど、そうして熱っぽく話している最中でもたびたび視線が逸れる時があって、そうした時その視線の先には必ず女性の姿がある。これは道を歩いている時なんかでもそうで、僕とかなり真剣なやりとりをしていたとしても、そこに綺麗な花があれば優先順位は間違いなくその花が一番になる。なんというか、羨ましい人種だ。
だから打ち合わせは何度かの中断を挟みながらという形になるのだけれど、やっぱりその道のプロと話をするのはすごく光栄なことだし、話の一つから感じ取れる重量感がまるで違うから、そこで過ごした時間に対しても普段と違った重みが感じられる。やあ、中断している間の時間は、とても軽いものだけどね!
何が言いたいかというと、スペインサッカーの本質は、そこにあるんじゃないかということだ。美しいフットボールを愛する国民性は、突き詰めれば美しいもの全てを愛し、探求し続けるというところに帰結する。そして探求される側もまた、そうされるほどに磨きが掛かり、その相乗効果は僕らの想像の遙かに上を行くのだ。僕らには絶対に真似できない所作。決定的に欠けているもの。今日の味スタを見ていて、監督のインタビューを見ていて、その顔を見ていて、日本サッカーは間違いなくスペインサッカーに到達出来ないという思いが、確信へと変わった。
- posted at: 2010/02/07/Sun 04:01:04 +0900
- category:雑記

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